B17「トルバドール」, B38「トルバドールⅡ」

B17「トルバドール」トルバドールというのは、「吟遊詩人」のことです。 最初、このことを知ったときには、この一見優雅に聞こえる響きから「ヒマをもてあました貴族が、趣味で詩を吟じる」ことかと思いました。 しかし、これは大きく違いましたね。

吟遊詩人とは、中世ヨーロッパ、主に10世紀~15世紀にかけて登場した人たちで、中世に起こった歴史的事件やその地にまつわる史実などを歌にのせて語った人たちで、十字軍のことが語られることが多かったようです。 十字軍とはご存知のように、カトリック教会の諸国がイスラム諸国から聖地エルサレムを奪還するために派遣した兵士達及びその活動のことです。

史実を伝える書によって、十字軍の遠征は第九回までとする説といや、第八回までだったとする説など諸説あるようですが、それはここでは大切なことではありません。 いずれにしても何百年という長きに渡って戦争と侵略が行われたのです。 そもそもの発端は、東ローマ帝国がイスラム諸国によって領土を奪われたときにローマ教皇に救援を求めただけのことであって、大義として、「聖地エルサレムを奪還する」ということはなかったようです。 でも相手国に攻め入るためには大義名分がないと、なかなか人は動きませんので、そのようなことになったようですね。

大義名分があっても、それが孫子の代まで、何代に渡っても侵略の時代が続けば、最初のうちこそ意気盛んだったかもしれませんが、そのうち誰もが、「このままでいいのか?」「そもそも本当に我々の信念は正しいのか?」「あちらにはあちらの言い分があるのではないか?」「ないとしたら、これほどまでに降伏しないというのはどういうことなのだ?」という疑問を抱いて当然です。

そして、戦争が長引けば、戦争そのもので儲けよう、稼ごうとする輩も出てきます。 だいたい、すぐに終わるから、と思うからこそ、緊急事態にも人は耐えられるのであって、そんなものが何十年も何百年も続けば、それを常態として捉えなければしかたがなくなってきます。 ということは、それを生計をたてるための手段と考えざるを得なくなるのも気持ちはわかります。

事実、十字軍とはキリスト教圏の諸国からなる大規模な連合軍だったので、国も習慣も違う人たちが長い遠征で一緒にいれば、いさかいも起こりましょうし、見解の相違も起こりましょう。 そして、そのうちのいくらかの人たちは、最初から十字軍の遠征に参加した目的そのものが戦勝時の利益だった、とも言われています。 そうなると利益が出ればいいので、行きがけの駄賃のようにキリスト教諸国を通るときでさえ、村を荒らしたり、悪さをするやつらもいたようです。

こういった、長きにわたる侵略のなかで起きたもろもろを吟遊詩人は伝え歩いたわけです。 なかにはおおやけに声を大にしては言えないこともあったでしょう。 協会への批判とか、十字軍そのものへの批判とか・・ でも、いつでもこういうことの犠牲になるのは何の罪もない庶民です。 だから吟遊詩人は声をあげることのできない庶民のために、それを正式な文書やらにして残すとつかまって処刑されてしまうこともあったため、詩という比較的柔らかい表現にして、いかにも「これはただの歌だもん。だから、別に政府に対する批判じゃないもん。」というフリをしながら、各市町村を練り歩いたわけです。 勇気のいることですよね。 ある意味、B27「ロビンフッド」とも似ています。

民主主義国家で、現代のようなネット社会でどこにいても情報はほぼ平等に手にいれようとすれば入る、という時代ではないわけですから、いろいろと飛び交い錯綜する情報のどれが正しくて、どれが間違っているのか、どの情報は信用するに足りて、どの情報は捨て去ったほうがいいのか、それは常に自分の直感を磨いておくしかなかったかもしれません。 そしてほかの人たちにも、なるべく自分の感性で判断してもらうことができるように、情報そのものにはあまり手を加えず、なるたけ公平に感じることができるように話すためには自分を律する力も必要だったはずです。 そしてあるときはまたここぞ、と思えば民衆を鼓舞し、立ち上がることを呼びかけるような情熱も必要だったと思われます。

B17「トルバドールⅠ」の方には別名、「ホープボトル」~希望のボトル~という副題がついています。 この上部がグリーン、下部がバイオレットのボトルの表すものは、自分の潜在意識につながることを大切にして直感を働かせると(バイオレット)、おのずとハートがオープンに開いて、中庸にどちらに偏ることがなく物事をパノラマ的に見ることが出来る(グリーン)という意味が含まれていると思います。 そして、そうすることは自分を信じる、ということですから、その結果はおのずと希望がみえる、ということではないでしょうか。

そしてB38「トルバドールⅡ」のほうは、上部と下部の色が逆になり、こちらは上部がバイオレット、下部がグリーンです。こちらにも副題があり、こちらは「識別」というタイトルがついています。 人体に照らし合わせた順列ということで言うと、こちらの上部がバイオレット、下部がグリーンの方が正列です。つまり、頭とハートが正しくつながるとき、私たちは物事を正しく識別できる、ということでしょうか。 私たちはときどき、「頭ではわかるんだけど・・」とか、「気持ちがついていかないんだよ。」とか、頭(マインド)とハートが語ることが一致していないことを吐露することがあります。 頭とハートがバラバラの動き、真逆の結論を出していることを自分でわかっているのです。

これを解決するためには一見、頭のほうをハートに従わせなくてはいけない、というように考えがちです。 特に頭で考えるだけの虚しさを理解したスピリチュアルに目覚めた人だとそう思うでしょう。 けれど、何事も「~しなくてはいけない」というふうに考えないほうがいいと思います。「ハートに従わせなくてはいけない。」ということ自体が頭で考えた証拠ではないですか。 結果的にハートの言うことに従えればいいのでしょうけれど、その前に一度、頭はハートの言うことを理解しなくてはいけないし、ハートは頭のために多少は譲ったり妥協したりすることも必要かもしれません。 このB38「識別」ということはそんなことを教えてくれるように思います。 そして、「3」と「8」は足すと「11」です。 ゲートの前に立ち、自分が頭とハートの声両方に耳を傾けているだろうか、というテストを受けているようにも感じます。

B17「トルバドールⅠ」~希望のボトル~ 「スピリチュアルな新しい始まり。」 キーワードは、「スピリチュアリティへの新しい始まり。スターにつながる。」 アファメーションは、「私は真理をみつけることを知って、探し、変容します。」
特項としては、

  • *過去世セラピーで中世への転生につながるのを助ける。
  • *肩、甲状腺、循環器系の症状によい。

B38「トルバドールⅡ」~識別~ 「意識と無意識のマインドのバランス。」 キーノートは、「過去の困難を手放すことで、ハートが自由に真実を表現でき、自己のなかにある変容へと導く。」 アファメーションは、「私は自分自身と自分の感情との間にあるレッテルをすべて取り去ります。」
特項として、

  • *サイキックな能力とスピリチュアリティをひとつにする。
  • *ハートに関するあらゆるレベルの苦痛を緩和する。
  • *胸部に関するあらゆる症状に。
  • *五十肩、関節痛などの痛みを緩和する。

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